Drama
14 to 20 years old
2000 to 5000 words
Japanese
穏やかな春の陽光が差し込む部屋で、一花の目は虚空を見つめていた。数週間前までは妹の咲良の声と笑い声で満たされていたこの空間は、今は冷たい沈黙に支配されている。咲良はいじめを苦に、自ら命を絶った。
咲良が首を吊った姿を思い出すたび、一花の胸は締め付けられるような痛みに襲われる。あの日の光景は、悪夢のように彼女の脳裏に焼き付いて離れない。無力感と絶望感が、一花の心を蝕んでいた。
一花は復讐を決意した。咲良を苦しめた者たちを、同じ苦しみを味わわせると。しかし、直接的な暴力では何も解決しないことも知っていた。もっと巧妙で、精神的に追い詰める方法を模索していた。
ある夜、ネットの掲示板で闇の動画投稿チャンネル「アビス・ステーション」の噂を目にした。そこには、見た者を鬱状態にし、自殺に追い込むような動画がアップされているという。真偽は定かではないが、一花は藁にも縋る思いでその情報を追った。
「アビス・ステーション…か。ここなら、私にできることがあるかもしれない…」
数日後、一花はアビス・ステーションの求人広告を見つけた。驚いたことに、それはアイドルのような役割を担う「闇のお姉さん」というポジションだった。不気味さと奇妙な符合に戸惑いながらも、一花は応募を決意する。
面接は、想像以上に異様だった。黒いローブをまとった謎の人物が、淡々と質問を繰り返す。「あなたの心の闇は何ですか？」「人を絶望させる方法を知っていますか？」「死とは何だと思いますか？」
一花は平静を装いながら、偽りの感情を語った。咲良の死を利用し、復讐への強い思いをアピールした。その演技が功を奏したのか、一花は見事採用された。
アビス・ステーションでの生活は、想像を絶するものだった。一花は「闇のお姉さん・アザミ」として、毎晩死をテーマにした動画投稿を行い、視聴者の心を深く抉っていく。
脚本は、狂気に満ちた闇のライターによって書かれる。演出は、残酷で美しい映像で彩られる。アザミは、与えられた役割を完璧に演じきった。笑顔の裏に隠された憎しみを、視聴者に悟られないように。
最初は抵抗があったものの、次第に一花はアザミというペルソナに飲み込まれていった。視聴者の絶望の声が、彼女の復讐心を静かに満たしていく。同時に、自分の心もまた、闇に染まっていくのを感じていた。
ある日、一花はアビス・ステーションの内部システムにアクセスする機会を得た。そこで、咲良をいじめていた生徒たちの名前と住所が、リストアップされているのを発見した。
「やはり、アビス・ステーションは知っていた…私の復讐を助けてくれるつもりなのか…？」
しかし、疑問が残った。なぜ、アビス・ステーションはそこまでしてくれるのか。そして、彼らの真の目的は何なのか。
一花は、アビス・ステーションの真相を探るため、さらに深く潜っていくことを決意する。しかし、その先には、想像を絶する闇が待ち受けていることを、まだ知らなかった…。
日々、動画投稿を重ねる中で、一花の心境にも変化が訪れていた。最初は復讐心だけだったものが、徐々に別の感情へと変わっていく。それは、視聴者に対する共感なのか、あるいは単なる虚無感なのか、自分でもよく分からなかった。
ある夜、一花は生放送中に、涙ながらに自分の過去を語り始めた。咲良のこと、いじめのこと、そして復讐心に囚われている今の自分のことを。
すると、視聴者から温かいメッセージが次々と寄せられた。「あなたは一人じゃない」「私たちも苦しんでいる」「生きていてくれてありがとう」
その瞬間、一花の心に光が差し込んだ。復讐だけが全てではない、生きる意味は他にもあるのかもしれない。しかし、アビス・ステーションはそれを許さない。
チャンネルの運営者は、一花の告白に激怒し、彼女を死へと追い込もうとする。一花は、アビス・ステーションからの脱出を試みるが、組織は巨大で、闇は深く、簡単には逃げられない。
絶望的な状況の中、一花はかつての仲間たち、同じようにアビス・ステーションに利用されていた者たちと協力し、組織に反旗を翻すことを決意する。
彼らは、アビス・ステーションの闇を暴き、世の中に真実を訴えようとする。しかし、組織の力は強大で、妨害は苛烈を極める。それでも、一花たちは諦めない。咲良のため、そして未来のために。
最後の戦いが始まった。一花はアザミとして、アイドルとしてのスキルを最大限に活用し、組織の中枢へと迫っていく。そこで彼女を待っていたのは、驚くべき真相だった。
アビス・ステーションの運営者は、なんと咲良をいじめていた生徒の一人だったのだ。彼は、自分の罪を隠蔽するため、そして世の中を闇で支配するために、アビス・ステーションを創設したのだった。
激しい戦いの末、一花は運営者を倒し、アビス・ステーションを解体することに成功する。しかし、代償は大きかった。多くの仲間が傷つき、命を落とした。
全てが終わった後、一花はアザミとしての仮面を脱ぎ、普通の女の子に戻った。しかし、彼女の心には、アビス・ステーションでの経験が深く刻まれていた。もはや、過去の自分に戻ることはできない。
一花は、咲良の墓前に立ち、誓う。「私は、あなたの分まで生きていく。そして、いじめや闇のない世界を作るために、精一杯頑張る」
春の陽光が、一花を優しく照らしていた。彼女の瞳には、強い光が宿っていた。未来はまだ見えないけれど、希望だけは失わずに、一歩ずつ前へ進んでいく。
数年後、一花は動画投稿サイトを立ち上げ、いじめ撲滅を訴える活動を続けていた。彼女のメッセージは、多くの若者の心に響き、社会を変える力となっていく。そして、咲良の死は、無駄ではなかったことを証明するのだった。
空を見上げると、澄み切った青空が広がっていた。あの日の闇は、もうそこにはなかった。